ブラ○モトシ

ライカとハッセル

ブラ○モトシ 寺社編 vol.5 駒込いろいろ寺社巡り

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今回のブラモトシ。
vol.1から田端駒込の寺社(東覚寺・駒込神明社・吉祥寺・赤目不動南谷寺)と巡ってきましたが、この辺りはとにかく寺社が多い地域。
すべて巡りきれないのが残念ですが、今回巡った中からいくつか紹介してみたいと思います。

樋口一葉の師匠が眠る「養昌寺」

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樋口一葉の師匠で、恋人関係だったんじゃないの?という噂があった半井桃水さんのお墓がある曹洞宗のお寺。

半井湛太郎・藤の4人弟妹の長男として対馬厳原藩、現在の長崎県対馬市厳原町に生まれる。父の仕事の関係で少年期は釜山で過ごす[1]。 10代の中ごろ[1]に上京して尺振八の共立学舎に学び、1888年(明治21年)に東京朝日新聞の記者となる。
翌年、同紙上に「唖聾子」を掲載、続いて「しぐれ縁」「海王丸」などで新聞小説家としての地位を確立、1891年(明治24年)から連載した長編「胡沙吹く風」が代表作。同年、樋口一葉が門下に加わる。一葉の処女作「闇桜」は桃水の校閲を経て『武蔵野』に発表された。しかし翌年、一葉は門下を離れた。一葉と恋人関係にあったという噂が当時からあった。その後死去まで三百編以上の小説を書いたが、今では読む人もいない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%8A%E4%BA%95%E6%A1%83%E6%B0%B4

死去まで三百編以上の小説を書いたが、今では読む人もいない。
…。なんか寂しいッスね。
ちなみに「半井」と書いて「なからい」と読むそうです。まぁそんな所はたいして気にしてないんですが、白と黒のモノトーンな本殿がイイ感じ。
山号も「繁栄山」とわかりやすいのがいいですね~。

②百姓弥平太が開きました「大運寺」

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駒込本村の弥平太さんが開基(お寺を開いたってこと)したお寺。
まさに地元っ子が作った寺ってことですね。
建て替えられたらしき佇まいはなかなか今時~な感じなんですが、ここは何か入り口が人の家みたいな狭さで、こう、路地みたいな?
思わずちょっと入ってみちゃった、ってお寺ですね。

この二か所は現在の本郷通りに面して立っています。赤目不動南谷寺の並びですね。

最上徳内が眠る蓮光寺

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朱塗りの門が美しい蓮光寺。「蓮光る寺」ってなんかいいですね。結構全国的にこの名前はあるようです。
丁度駒込学園のお向かいにあたります。
現駒込学園の敷地も古地図を参照すると、大保福寺という寺なんですね。
隣には高林寺、幕末の蘭学者緒方洪庵が眠る寺として有名です。
まぁしかしどっちを向いても寺、寺、寺。
江戸の一大寺社地であったことがよくわかります。

写真は門の中に作られたような挿し木が一本ありまして、光の加減とか美しいなと思って撮ったんですが、よい天気すぎたせいか輪郭が緑に反射してしまいました。
こういう時は広角レンズが欲しくなる場面なんですよね~

④駒込大観音の「光源寺」

駒込大観音と梅
さて、最後は駒込大観音が鎮座する「光源寺」。よく考えると寺社の名前ってのもどれも「イイ感じ」がしていいです(?)

光源寺の鬼瓦
16世紀中ごろまでに神田で創建。17世紀中ごろに当地に移転したそうです。
その後駒込大観音を造ったそうです、高さ8m。
きらびやかで雄大な姿に思わず手を合わせましたね、これはちょっと通りかかったらお参りしてくが吉です。

大観音の御堂は光源寺境内わきにありまして、その前は美しい梅林・ちょっとした遊具が設置されていました。
お寺と幼稚園てのは昔っからセットですから、ここにもそういった保育施設があったのかもしれません。

それから興味深いのが大観音様の御堂。
あきらかに西洋風なんですよね~。

そうしたら寺入り口でこんな看板を発見しました。
_IGP8921
雰囲気的にポルトガル語。かな?
「ルモのフォント寺院」てな感じに読めますね…。

はい、ちょいと調べましたらこれエスペラント語
世界共通言語を作り出そう!ということで作られた国際語ですね。


templo fonto de lumoは、エスペラント語「光源寺」
そのまんまだったってわけです(笑)

ちなみに観音様。太平洋戦争の空襲で焼失してしまったものを平成5年に再建されたとのこと。
ん~「エスペラント語」と「洋風の御堂」なにか関係はあるのでしょうか!?
ただ、良く見てみると「洋風」というとらえ方もありますが「印風」つまり「御釈迦様風」ととらえることもできるような気がするんですね。

ようするにオリジナルに近い風なのではないかと。
この観音様、奈良の長谷寺「十一面漢音」を模しているということで、長谷寺本堂を見てみると・・・別に似てない。

んん?なんか謎が深まってしまったのでこの辺で。

ま、とにかくひときわ目を引くこの御堂。
江戸名所図会にも大きく「大観音」と書かれていますから、昔から見どころだったんでしょうね。

と、ここで終わりにしようと思ったらまた興味深い話を発見しちゃいました。
文の京ウィークリーニュース2011/4/11版
光源寺の庚申塔…。これはまた訪れなければいけませんね…。

ニュースに登場していた22代目住職島田昭博氏の先代の住職の弟さんがエスペランティストであったということで、山門にエスペラント語が書かれているんだそうです。

なんだか話題に付きない光源寺。ここだけで一節設けても良い位の深いお寺でしたよ~。

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さて、今回のブラモトシ。
いかがでしたか?えー自分としてももう少しまとまった話にしたいのですが、それは今後の課題ということで。。。

次回は江戸の富士塚
都内にいくつも残されている江戸の富士山信仰の史跡を訪ねてみたいと思いますっ!

どうぞお楽しみに~

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