ブラ○モトシ

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ブラ○モトシ 東海道編 六日目 三島~原#1 三島大社から再出発!

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四年ぶりに三島大社を出発!!

【あらすじ】
東海道を歩いて京都まで行く(いつの日か)ことを目標に始めたロングぶらり。
時に2014年8月。三島大社にお参りし、安産祈願のお守りを頂いて後にして、
そして4年の歳月が経ち、息子も4歳になったのだった。

これまでの軌跡

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さて今回は、なんせ四年ぶりの東海道歩き。
そもそも自分の方が再出発地に近づいてしまうという運命のいたずら。
このまま西へ西へと住まいも移動したら笑うしかない。

これまでのログはこちら。

一日目 日本橋~川崎宿 全5編
二日目 川崎宿~戸塚宿 全6編
三日目 戸塚宿~大磯宿 全5編
四日目 大磯宿~箱根湯本 全5編
五日目 箱根湯本~三島宿 全6編

日光街道編 6日+α 全19編

三島宿を行く!

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歌川広重 三島

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ここの駅舎って社(やしろ)っぽいのね。
さて、まずは電車で三島駅まで。
今回はショートコースの予定なので、朝ものんびり。10時過ぎに到着しました。
駅から再出発地の三島大社までまずは歩きます。

4年前に到着して、駅に戻る時は足の感覚が無さ過ぎて、周りもよく覚えてなかったと思ったけど、
不思議とちゃんと 既視感を覚えるから、覚えてるんだねー。

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この位置がやりなおしポイント!

さて、出発。
これまた街道歩きに最適な小春日和。
暑くなく、寒くなく。唯一の心残りは朝ごはん食べられなかったこと。
駅前いけばなんかあるかーとたかをくくっていたら結構ないのね。

 
さて、三島大社は三島宿の東側の入り口近く(江戸方見附ってやつだね)なので、まずは宿の中心に入っていきます。
郵便局の脇に問屋場跡みっけ。樋口本陣跡はその向かいあたり、お茶屋さんのところ。
そこから少し進んで行って、世古本陣跡はケーキ屋さんのあたり。跡碑自体が謎のオブジェ化してるw

 
ちょろっと進むと、源兵衛川という小川が。
そこに架かってるのが源兵衛白旗橋。この脇を入ると「時の鐘」がある。
なんかここ、雰囲気いいよね。その昔、宿場だった時からそんなだったとして、
往時の面影があります。それをひしひしと一人感じるのが街道歩きの楽しみ。
さて、ひしひししたので次へ。

三島広小路駅の近くにあったコッペパン屋さんでやきそばパンを食べたがとても美味しかった。
川越えるとすぐに踏切があって、これが駿豆線(すんずせん)の駅「三島広小路駅」です。
すんずってwこっち来た時読み方わからな過ぎて、まさかと思ってたけどね。すんずって。
広小路ってくらいですから、宿の繁華街の西側に来た感じしますね、ここもひしひし感じます。

その後、広小路で旧道と新道に分かれます。
分かれますが、どっちかわからずにしばし立ちつくします。
左っ!迷ったら不便そうなほうが旧道。

千貫樋は駿河と伊豆の境界線

秋葉神社上方見附
駅から少し歩いてくると、だんだんと賑わいから遠ざかっている感じがします。
そして、ちょうど左に秋葉神社があるところが、上方の見附付近。ここから沼津宿目指して歩きます。

 
途中、境川を越えるあたりで橋の真ん中に説明看板が現れます。

千貫樋の説明文
千貫樋の説明文
望遠でぐぐっと引き寄せると良く見えるってくらい奥のほうね。

さて、ここから駿河の国です。金谷あたりまで駿河国
静岡は広いなー。

往時を感じる常夜灯
常夜灯が一時移設されてた知方神社は後ほど
ここまでの道筋

ここまできてちょいちょいと見どころがあるので、飽きないですね。
街道歩きは途中本当になんにもなくって、目印もなくってただひたすら真っ直ぐ歩き続けるって時も多いので、こうしてイベントがあると飽きません。
でもその度に写真撮ったりメモしたりと、少し慌てるのだけども。

伏見の一里塚(29里目)

 

さてさて、またテクテク歩いて時刻は11時30分。出発して1時間弱ですね。
ここにはとってもわかりやすい一里塚が対で残っています。
まずは復元一里塚の左側宝池寺一里塚から。

宝池寺の一里塚説明板
宝池寺の一里塚説明板
こちらは昭和60年製なので、割と最近の復元ですね。とってもきれいな形。

 
対して、こちらの玉井寺は現存です。おかげでボロいです。これが現実。

玉井寺一里塚の説明板
玉井寺一里塚の説明板
新旧で見られるのは結構珍しいかも。道幅もちょうどそのままの形で残っていて、往時の街道幅もこんな感じだったんだなーと。
ところでこの玉井寺の「金龍山」の字。白隠禅師の直筆だそう!
白隠禅師はこの後たびたび登場します。この辺りではかなりの有名人。
ていうか臨済宗の中興の祖です。「ちゅうこうのそ」ってのは盛り下がってたところを盛り上げ返した人です。

さて、これから浮島ヶ原の白隠と言う形で度々登場する「白隠禅師」、そして伊豆から挙兵した源頼朝はこの地で義経と再開。
などなど、歴史的出来事が続く再びの東海路。

四年越しの六日目は次回へ続く…。